| 邦楽 1982年 の記事一覧 | ||
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| 0202 忌野清志郎+坂本龍一 い・け・な・いルージュマジック | |
| 2007.04.04.Wed / 02:40 | |
| 1982年、世間をアっと言わせる楽曲が発表されました! それは、平成の現在だと、それ、当たり前じゃん? と言われそうですけど 「コラボレーション」 にて音楽が発表されるということで、さらに、全く異なる音楽性を有する二大アーティストが、当時では珍しい 「プロモビデオ」 まで撮影し 「ド派手メイク」 に 「男性同士のキスシーン」 などと、やりたい放題やりまくった曲を送り出したからでした! しかもこの曲はCMに起用され、オリコンで1位を取るなど、ある種の掟破りが満載でした! (笑) 忌野清志郎+坂本龍一 さんで 『 い・け・な・いルージュマジック 』 の紹介です♪ 1982年のバレンタインデーに発売され、4月にオリコン1位に輝いています!
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忌野清志郎(いまわの きよしろう)さん:
●1970年にデビューし <RCサクセション> の看板ボーカリストとして、ロック一筋のキングダム! ★彼の発表する作品が、時に社会問題として取り上げられ、過激な部分が皆様の記憶に鮮烈に刻まれることが多く、聞かず嫌いになってる場合もあると思いますが、何も過激路線だけが持ち味ではありませんし、筆者の過去記事でも、ほのぼの・温かい楽曲として、こういうものを紹介しました! ⇒ 0052 忌野清志郎 パパの歌 (2006年6月18日記事) 坂本龍一さん: ●今なお根強い人気を誇る <YMO:イエロー・マジック・オーケストラ> のメンバーとして、さらには映画 <ラストエンペラー> でアカデミー作曲賞を受賞するなど <世界のサカモト> の異名を持つマルチクリエイター! ★このブログでは <坂本教授> ファンの筆者が、事あるごとに彼の参加作品などを紹介している為、パソコンから御覧の読者様は、画面右側にある 『このブログ内の“検索”』 なる場所に <坂本龍一> と入力してもらうだけで、かなりの数の関連楽曲が見つけられると思います! さて! こういう両名が、きっかけが何であったのか不思議ですけど、今回紹介する <い・け・な・いルージュマジック> にて突如ヒットチャートに殴りこみをかけました! ※そもそもこの両名、高い人気を誇りますが、別に売れ筋ヒット楽曲を作ることを主眼に置かず、かたやロックで、かたやテクノ系による現代音楽という、当時だと超人気番組の <ザ・ベストテン> などには縁遠い独自性を有する音楽を発表していた、と思います! 彼らが何を目論んだのか? おそらく単純に <ヒット曲でも作ってみるか♪> って発想だったのかもしれません (笑) この楽曲は、特に1970年代〜1990年代、CMの分野として莫大な予算をかけられ、音楽も時代の最先端を、そして出演する女優の美しさを活かし、商品価格の半分以上は宣伝費なんでしょう? と皮肉さえ聞かれた <化粧品CM楽曲> としても有名で、1982年の <資生堂 春のキャンペーンテーマ曲> としてヒットしました! 当時の音楽状況ですが、積極的にテレビやメディアに登場することで、ヒット街道を歩んだ人 (主にアイドル系でしょうけど、他にはバンド系の人も、よくテレビ出演を果たしていました!) もいれば、かたくなにテレビ出演を拒み続けてきた人 (こちらはフォーク・ニューミュージック系に顕著で、かわりにラジオパーソナリティーとして有名な人も多いです!) もいて、さらには、そのどちらにも属さず、徹底的にライブワークを主眼にして、アルバム発表を行うタイプの人など、主にこの3パターンに大別されると思います! その意味で考えれば <忌野清志郎> さんはライブワークの人だと思いますし、片や <坂本龍一> さんは、彼が属する <YMO> のマスメディア戦略として <出版物> などをうまく採用、さらに <ラジオパーソナリティー> としても有名で、早くからメディアと関わろうとした人だという気がします! ※この <ラジオ> という部分ですが <NHK-FM> でのDJは特に有名で、プロデューサーが解雇・減給覚悟で臨まなければならない状況で、毎回 <坂本教授> が何を失言するだろうか (笑) というのを楽しみにしていたリスナーも多かった番組です! ちなみにこの番組 (サウンド・ストリート) の超名物コーナーとして <デモテープ特集> というものがありました! (後年、坂本氏の別番組でも、この企画は踏襲されましたが!) この特集がきっかけで、プロになったアーティストとして ★テイトウワさん(ディーライトを経て、クリエイターとして大活躍!) ★槇原敬之さん(まだ学生の頃で、すごくセンスの良い楽曲を作って発表しました!) 彼らを輩出したこの企画は、リスナーにも大好評で、筆者もよく聞いてましたね! そして日本の人気バンド・グループとしての <RCサクセション> の看板スターが、片や <YMOの鬼才> である両名が、人気絶頂期にコラボしたことが話題となり、ヒットチャートには無縁であるはずの彼らの音楽は、一気に人気を集める結果となりました! <忌野清志郎> さんが <RCサクセション> にて発表していた当時の楽曲では、歌詞を置き換えて読めば <過激な? エッチ系な?> と思しき内容もあり、そして <坂本龍一> さん在籍の <YMO> は、1980年までのテクノポップの人気爆発時代を、根こそぎ切り捨てるかの如く、暗めで重厚な作品を、翌年1981年に立て続けに発表! もしかしたら、過激さの方向性こそ違ったものの、とんがった性格を持ち合わせる両名のコラボは、必然だったのかもしれませんが! そこでこの <い・け・な・いルージュマジック> の発表となる訳ですが、衣装も音楽も派手さ満点♪ という印象がありました! ※音楽の派手、という部分では、あくまで当時だと派手だということです! 今 (2007年) 聞いてみると、筆者だけかもしれませんが、丸っこい穏やかな感じに聞こえますから! それくらい、世間にありふれているJ-POPの方が派手ですしね! 派手、ということを強調していますが、原体験としてプロモ映像などを記憶しているであろう読者様だと、筆者が文字で書いてる意味が伝わると思いますが! まず、メイクが派手で、そりゃ女性でも、そこまで顔を塗りまくるはずも無いだろ (笑) と思えるもので、しかも男性がこれをやったんだから驚異的! そしてプロモクリップですが、いつの時代をイメージしたのだろう?とか、コンセプトは何? と思える衣装に身をまとった両名が、冒頭でも紹介しているように <男性同士によるキスシーン> まで披露し、しかも胸元からは <こんなの、いらないや!> と言わんばかりに <本物の一万円札> をバラまくなどという暴挙を実現っ!! ※当時3,000万円が用意されたそうで、それが風で飛ばされるという演出ですが、撮影後に見つからなかった金額が結構なものだった、とか? なお、このクリップですがYou-Tubeなんかで見れると思います! 確認までは取っていませんが… そして、これは意外に思われるかもしれませんが、案外積極的にテレビを利用した両名で <ザ・ベストテン> にも出演! (坂本氏は、この曲を始め、結構ベストテンなど出演を果たしていますが!) その折 <黒柳徹子> さんがこう話したことをよく覚えています! ⇒ 『レコードでは坂本さんが20種類以上の楽器を演奏したそうですが』 と! まぁ実際に聞いた感じでは、20種類以上の <パート> を担当した、というのが正しい表現なんでしょうけど、それでもギターとボーカル以外の部分は、ほぼ <坂本氏> が担当してて、ドラムまで叩いていますし♪ (ちなみにギターは <RCサクセション> から <仲井戸麗市>(なかいど れいいち)氏が参加! この際 <井戸端矮鶏>(いどばたチャボ) と名乗っています! これは <仲井戸> さんが <チャボ> と言われていたことに由来しますが!) この不思議なんですけど、これだけ有名な両名です! 他のバンドなどから、超一流のベーシストさんとかドラマーを呼んで参加させると、もっとロックバンドっぽい音になったんだろうな? と思える演奏で <仲井戸> さんのギターがもし含まれていなかったとすれば、キーボードで無理矢理ロックを演じてみたものだ? という仕上がりのような気がするんです… ただ <YMO> の1981年の作品が、特にアルバム単体で聞くと、生演奏による再現が難しい内容であり (だけど1981年のライブでは、過激なまでの生演奏が行われ、音も過激なものでしたが!) その時期を引きずる形で、徹底的に <坂本氏> の生演奏と思えるシンセサイザーの演奏が機軸となり、打ち込みなどって、この曲の中で行ったの? というライブな感じはします! それでも元々ドラマーでも無い <坂本氏> のプレイは、良い意味でのアマチュアっぽさがあるように思えますが (笑) 肝心の歌詞ですけど <忌野清志郎> さんと言えば <RCサクセション> の音楽も含めて <ベイベ〜指数> が高い人として有名で (笑) 楽曲の中で、頻繁に <ベイベ〜♪> を発する為、この <い・け・な・いルージュマジック> においても、どれだけ登場するんだろ? という感じです! しかしそこは <忌野清志郎> さん!! 歌詞の部分ごとに見ていくと ★君がいなけりゃ 夜は暗い ★他人(ひとの)目を気にして生きるなんて くだらないことさ と、皆に向けて投げかけられるメッセージ性があり、販売戦略としての派手さの部分や、メイクなどの派手さ、コラボによる話題性の部分を越えて、実はシンプルなのに、わkりやすい <忌野清志郎> ワールドが込められた、素晴らしい作品だという気がします! そして途中でも書きましたが、これは化粧品メーカーのCM楽曲! <ルージュマジック> というフレーズは、まるでコピーライターが生み出したかのようなキャッチーなものであり、主力商品であろう <口紅・唇> という女性への訴求力も抜群だという感じです! 最近のCM楽曲ですけど、どうも <アーティストは誰々だから、採用すればヒットするんじゃないの?> みたいな感じで、商品とのマッチングが取れていないような気がしてなりません… (これはアニメやドラマ主題歌も、同じだと思いますね…) もっと、この時代のように、関連性のあるものがCM楽曲になれば、商品そのものも大ヒットするのでしょうけど? さらに、音楽としても、長きに渡り皆様の記憶に残ると思いますが♪ 1982年の春の大ヒット曲でありますが、実際に歌詞の中には <春の陽射し> と登場しますし! 是非女性の皆様は <口紅> などを春カラーにして、世の男性を楽しませてもらいたいと思います! <忌野清志郎+坂本龍一> さんによるメイクよりも、本当の女性の方が美しいと思いますしね、筆者は! (と、率直な感想などを!) 今回のリンク先 ★い・け・な・いルージュマジック Uta-Net (歌詞掲載部分) 本文を閉じる → ▲ |
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From おかん
智さん、おはよう!
お久しぶりです〜(^0^) 懐かしい曲ですね。。。。。。♪ これって衝撃的プロモでしたわん!!!! だって、ちゅう〜するんだもん。 私がしたかった。。。。。あははははは --わ〜ぁい! おかんさん、いらっしゃいませぇ〜!--
From 管理者:智(とも)
こちらこそ、お久しぶりでございます!
全然訪問出来なくてごめんなさい (>_<) うちの現状ですが、記事をアップすることが精一杯で、第2ブログの方など、完全に放置状態… 皆様方への訪問も、めったに出来ない状況ですし… ただ、今月は一応、12か月目に突入しましたし、やっぱり春だし、皆様方にとっても、新生活などスタートしているでしょうから、さすがに更新だけは行っておこう! というつもりで、睡眠時間を削って、事前作業などを行っているところです! (最近だと、連日睡眠時間が3時間を割り込んでますしね…) 懐かしいでしょ(^^♪ この曲とか <春咲小紅> などって、絶対にうちらの年代の楽曲だと思います! (ベストテン全盛期の楽曲は、どれも輝いてますよね!) そして、例のプロモですけど… 斬新でしたねぇ〜!!!!! この翌年 <坂本教授> は <戦場のメリークリスマス> の中で <デヴィッド・ボウイ> とのキスシーンを全世界公開している訳で、この曲が、予行演習になったのかどうか (笑) ? 俺は日本のヴィジュアル系アーティストの元祖って、実は彼らではなくて <沢田研二> さんだと思っていますが、彼らに共通するのは <当時の日本の枠組みを、ことごとく壊してきた先人> だったような気がしてなりません! それは音楽性の部分でも、メイクにしても、宣伝の利用方法にしても、すべて画期的だたと思いますし! ん? んん〜〜?? <おかんさん> は、どちらと <接吻> したかったのでしょうか (笑) ? ----
From きらら
はじめまして(⌒_⌒)
及川光博さま♪とバラ色の日々★きららの雑日記帳書いてるきららです。 忌野清志郎さん繋がりで、及川光博(みっち〜)も曲出してます♪ 「強烈ロマンス」 ミツキヨ です。ご存知ないと思いますが… みっち〜の熱烈オファーで忌野清志郎さんとユニットを組んで出した曲です。 --<きらら>さん、ここでは初めまして(笑)--
From 管理者:智(とも)
ようこそこちらへ!
<ミッチー王子様> のことを知らないはず、ないでしょ、俺が (笑) だから、記事の中でも <ベイベ〜指数> などと書きました! そして <ミツキヨ> で登場した際話題になったことも、純粋な意味での <清志郎チルドレン> が登場したことに衝撃をうけたものです! ある意味 <きらら> ちゃんとか、特にうちの交流先では <はるりん氏> のブログなど、羨ましい限りなんですよね! ある特定アーティストに特化してるからね! うちはご存知のように、こんだけバラバラな選曲する意味、あんのか? ってくらい、年代もアーティストも統一性などありませんが、次記事の (0203 矢野顕子さんの <花のように> の) 文末でも書いてる通り、俺の信念として ⇒ 『気ままに好きな音楽』 ってことが大前提だから、30ウン年の人生史の中から書かせてもらってます! 楽曲が、アーティストが、そしてエンジニアさんとかプレイヤーがいなければ、どれだけ主役がいても成立しないのが音楽だと思っていますし、案外読者の年齢層のバラつき、すごいんですよ、うち(笑) 現在、直接的交流を果たしている最年少さんが、今年から高校入学ですもん! (⇒ ズバリ “平成” 生まれですもん! あぁ〜世代の差を感じる今日この頃…) あ、 <きらら嬢> のところでは、この <熱烈ロマンス> は記事になってましたか? もし紹介済みならば、うちの (今回の) 記事に、ジャンプ用リンクなど埋め込んでおきます♪ 今後とも独自性を最大限発揮するブログ、続けてくださいね! 改めて訪問してコメントするね(^^♪ ※ほら、多忙がね、身体までいじめちゃってますから…(>_<) ----
From きらら
自分のブログでは書いてません…
--もちろんヾヾ(*^▽^*)〃〃--
From おかん
清さまです!ヾヾ(*^▽^*)〃〃
そうですね 沢田研二さんの化粧ってかっこよかったなぁ〜 何をやってもかっこよかった! 声も素敵だし。。。。。。 男の色気を感じる方でしたね。 --<きらら>さん、気にしちゃだめだよ(>_<)゛--
From 管理者:智(とも)
もし、そちらで書いていたら? ということなので、いずれ更新する機会でもあれば、その折、伝えて下さいね!
俺のこの場所ですが、メインアーティストだけを取り上げない、音楽ブログとしては、どこか不思議な場所なんですよね… 普通ならば、メインを張る人中心で書くべきなのでしょうね! でも <きらら> さんが存じているように、俺は自らが演奏者の立場として、そして (今は停滞していますが) 製作サイドの人間として、フロントアクトだけが注目をされる状況は、どこか淋しいし、プレイヤーやエンジニアがいてこそ (実際は販売戦略に携わる皆様も含めて、ですが) 成り立つものが <音楽> という特殊分野だと思っています! ※書道や絵画などは、製作者個人により成り立ちますが、何故か音楽って、一曲が世に放たれるまでに、多くの人が関わらないといけない分野だという気がしてなりません… 事実、海外アーティストの中には、苦心してレコーディングで自分の表現を完結させているのに、ライブという環境で、クオリティーを下げてまで表現する必要があるのか? と、全編レコード (CD) を鳴らして、真似だけする人もいるくらいです… 俺のこのブログは、この点を重視している為、ほとんどの場合、歌手の紹介なの? 楽曲の紹介なの? それとも裏方紹介なの? と思われがちですが、むしろ後者なのかもしれません! そして、コラボアーティストさんがいたり、カバー楽曲があれば、そっちがメインになることもあります! だけど、自由に書けることこそ、管理者に唯一与えられた権限であり、ネットマナーさえ逸脱しなければ、それでいいんじゃないかという開き直りもあります (笑) …かつて某掲示板にて、ご丁寧に叩かれましたよ、うちのブログ! うちだけだったら 「…どうせ初心者ブログだし、我慢しよう」 という気持ちでしたが、この時に、日頃訪れていた相手先まで酷評されてて (しかも人気のブログで、ファンがたくさんいる場所なんですよ?) 面と向かって出てきやがれ? って思いましたね! これ以降でしょうか、ある種の開き直りで継続出来るようになりました! おかげさまで、約一年近くこの場所を続けてきて、読者の皆様方の励ましもあって、それと同時に、自分なりにPCの勉強もそこそこ行い、各種対策も行えるようになったことから、先輩ブロガーさんから 「方法を教えて下さいね♪」 などと申し出を受けたこともありました! (こういうときって、すっごく嬉しいですね!) 記述内容にせよ、表現分野にせよ、それは管理者によって大きく異なるものなので、これから先も <きらら> さんらしい場所を続けて頂きたいし、もし今後 <王子様> の楽曲をここで紹介する際は、連絡しますね! --<おかん> さん、わかってますって (^^♪--
From 管理者:智(とも)
これで <教授> と言われたら、どうしよ…? と思ってました (笑)
案外知られていないでしょうね、主に関東エリアでしか発表されず (それは店舗の関係ですけど) 一部月刊誌でのみ、公開されたであろう、80年代初期の <清志郎> さんの写真ですけど ⇒ ◆和服姿で、文筆家のような姿で、ほぼノーメイク! ってものがあって、学生時代これを見た俺は相当驚いて、多分まだその月刊誌、あるんじゃないでしょうか? 自宅の中に?? (20年以上前のものですが、たぶんあります!) それと <ジュリー> ですが、ルックスも冴えていますし、GSの頃から考えても、若年時代が無かったような気がするんですよね! 最初から大人っぽかったというのか、ダンディーでしたね! 音楽性ですが、きっと <勝手にしやがれ> の以前か以後かで、大きく変化しているような気がしますね! あの <吉田健> さんが率いた <EXOTICS> を従え <ジュリー> の音楽は、時代の最先端を走りましたが (<TOKIO> や <6番目のユウウツ>などって、そこらのテクノバンド、真っ青の最先端だと思いますし♪) この路線のみを追い求めた訳でもなく、その後もテレビなどに出ないだけで、コンスタントに作品を発表し、根強いファンに愛される、まさに大物って気がするんですよね! (大人気4コマ漫画家 <桜木さゆみ> さんなど、今でも作品の中で <ジュリーマニア> を公言なさいますもんね♪) 歌手活動のみならず、俳優としても超一流の個性を発揮される存在だと思いますし、もうしばらくすると (5月以降になりますが) うちでも <ジュリー作品> は記事にしますよ♪ |
| 0144 あみん 待つわ | |
| 2006.10.28.Sat / 00:00 | |
| 筆者は昭和40年代中盤の生まれで(実は記事のどこかを探せば年齢がわかりますが…)、特に1980年代の楽曲は今でもよく耳にします♪ その1980年代初頭、柔らかさと切なさを兼ね備えた楽曲が大ヒットし、その年度のオリコン1位に輝いた作品がありました! 今でも多くの女性に歌われるそのナンバーを、今回記事にします! あみん で 『 待つわ 』 の紹介です♪ 1982年発表のデビューシングルでした!
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あみん:
■メンバーはこの2人(生年月日順、敬称略) ★岡村孝子(おかむら たかこ) ★加藤晴子(かとう はるこ) ■この “あみん” というユニット名は “さだまさし” さんの楽曲の歌詞の中から取ったものだそうです! ※ 楽曲は 『パンプキン・パイとシナモン・ティー』(1979年作) ※ 歌詞では 『安眠』 ← あみん、とのこと ■1970年代〜1980年代を代表した音楽コンテスト 『ヤマハポピュラーソングコンテスト』(通称:ポプコン)の第22回に、後にセカンドシングルとなる “琥珀色の想い出” で出場するも、本選(全国大会)には進めず… ■第23回ポプコン(1982年)に “待つわ” で本選出場 見事グランプリを受賞しました! ■そのグランプリ受賞曲 “待つわ” は、1982年のオリコン1位のシングルとなりました! ■ただ2人が当時、現役大学生であり、実質の活動期間は翌1983年末までの短いものとなりました… (シングル4作品、アルバム2作品) ■その後 “岡村孝子” さんはソロ歌手への道を、 “加藤晴子” さんは大学卒業後就職〜結婚の道を歩みました! 実は “あみん” は、メンバーがこういう道のりを歩んでいますが、解散とはなっていません! (あくまで “休止” ということです) さて、今回の “待つわ” ですけど、オリコンのトップ20の中には “松田聖子” さんや “近藤真彦” さんが人気絶頂の頃であり、後に大物となるニューミュージック系の人もひしめくチャートの中で、1982年の年間(シングル)1位となった作品でした! 前年の1981年には “寺尾聰” さんの “ルビーの指輪” の大ヒット、翌1983年には “大川英策” さんや “細川たかし” さんの演歌勢がトップを占めた時期で、その中間に位置した1982年は、独特のランキングだったと言えるでしょう! “あみん” はご存知の人も多いことと思いますが、彼女達がグランプリを勝ち得た “ポプコン” 出身者の中では、その前後の受賞者に比べれば、ものすごく地味な印象があります! ※ 手前の受賞が “完全無欠のロックンローラー” の “アラジン”、その他にも後の “TOM★CAT” など、圧倒的に目立つタイプのキャラが多く輩出された場所だと思えるからです! 良く表現すれば純粋、純朴! 否定的な表現をすれば地味、垢抜けていないなどになるでしょうか…? しかしながら、時代が彼女達を受け入れ、それが大ヒットにつながりました! 作詞・作曲を手がけたのは “岡村孝子” さんで、その後の彼女のソロ作につながる、繊細で(どちらかと言えば)控えめでいようとする女性像を表現した名作だと言えます! (もちろん彼女の楽曲すべてが、そういう作風ではありませんし、前向きな作品も多いです!) 昭和の女性楽曲では、平成ではあまり見られないように思いますが、とにかく耐え忍び、自分の気持ちは外に向けて語らない、内省的な作品が多かったように思います! “石川ひとみ” さんが歌って大ヒットした “まちぶせ” などは、その代表例ではないでしょうか? しかし歌詞に注目すれば、そういう内省的な要素を含みながらも、言葉は案外、自己中心的な要素も感じられます…! この “待つわ” では恋愛が成就することは絶対に有り得ない夢の世界であると語っておきながら、想いを寄せる男性が、その彼と付き合っている相手に “振られる” まで “勝手に待つ” 女性なんですから… これは “まちぶせ” でも同じことが言えますが、やはり好意を寄せる男性が、他の女性と過ごしている時間(喫茶店での語らい)を見かけ、振り向かせて見せる! と豪語(笑)、しかも偶然を狙って帰り道を待つなど! 時代なのでしょうけど、それを昔は “いじらしい・けなげ” ということで多くの聴衆は受け入れました! 今ならどうでしょう…? 少なくとも、相手の男性(あるいは女性)に少しでも気に入られているならば脈はあるんでしょうけど、普通は間違いなく “ストーカー扱い” をされるんでしょうね…? ですが間違いなくこの時代を象徴する名曲であり、年代を超えて多くの人に支持されていますし♪ “あみん” はその活動において4枚のシングルリリースを行いましたが、編曲を手がけているのは “萩田光雄” さんで、彼の手がける作品はアコースティックの持ち味を巧みに配し、楽曲に温かみや柔らかさを与えることの達人だと思います! ※ “原田知世” さんの “天国にいちばん近い島” や “H2O” の “想い出がいっぱい” などは、彼のアレンジの典型ではないかと思います! 最近のヒットチャートですが、アコースティックを掲げながらも、レコーディングそのものがデジタル化し、やたらと音圧を上げ、低域などを膨らませたサウンドに満ちてしまいました… (逆にそれだけ、環境は進化したことの裏返しなんですけど!) ですが、心温まるサウンドが多かったのは1970年代や1980年代の初期あたりだったように思います! このブログの読者様の年齢層を把握していませんが、昭和40年代の世代の人には、この温かみを直接経験してもらっていると思います! (昭和50年代の人で、かろうじて幼少期かな? という気がします) 懐かしさもありますが、同時に現代の音楽事情と比べながら聞いてもらいたい作品のひとつで、そして “岡村孝子” さんのルーツであった “あみん” の楽曲に興味を持っていただければ、それは嬉しく思います! 今回のリンク先 ★待つわ Uta-Net (歌詞掲載部分) ●筆者による関連記事 ★ 0032 岡村孝子 Good-Day〜思い出に変わるならば〜 ★ 0047 石川ひとみ まちぶせ ●交流先ブログによる関連記事 ★ はぐれそうな天使(岡村孝子) ※ ブログ “Colorful Days”(管理者:めぐ)さん 本文を閉じる → ▲ |
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--最近。。。--
From はるりん
「ポピュラーソングコンテスト」が関わる記事をよく目にしますね!・・・あ、私か?
私も昭和40年代中盤の生まれですよ〜♪ 「待つわ」も、石川ひとみさんの「まちぶせ」も好きですね〜。 所謂、『花の82年組』ですね。私のところも今回は82年組アイドルの代表!のかたを記事にしてます! --はるりん氏、関わるも何も(笑)--
From 管理者:智(とも)
すべては“青春歌年鑑”のせいという話も…(笑)
1980〜1990年までの、続・青春〜まで合わせて33枚のCDをこぴ…、い、いや、バックアップするのって大変だったもん、俺(悲) (MP3化ではなく、CD丸ごと <ふくしゃ…> したから、まぁ時間のかかったのなんのって…) 1枚だけ、元のCDが800MBとか表示されるやつがあって(いくらなんでもエラーだろ? と思ったけど、どんなソフト使っても800MB表示されちゃって…)諦めて一曲だけはPCにWAVファイルで、それ以外はCD化しております! ちなみになんと! 全部Excelにて楽曲管理シートも作っておりますが何か? (メールしてあげようか? こないだみたいにwebとして見られるように?) 実はこれ、めぐちゃんの記事見たから選んだ、というね(笑) もちろんポプコンがらみで八神さんの記事を見てたというのも理由だったりしますが! 過去記事書くための便利サイト、まさに圧巻のデータ量の場所も見つけたので、それはこっそり連絡しますんで! (はるりん氏の今回の記事なども、そちらで探せばデータがわかりますよ!) 追伸 その1 例の場所を準備しつつも、中々はかどっていませんが、最速、来月のどこかから開始出来ればいいな! と予定しております! 追伸 その2 うちの画面、よ〜く見ていただければ、カテゴライズが変貌しております! 画面 左側ですけど、めぐちゃんの真似などして、紹介楽曲(邦楽限定ですが)を、年度別で区分させてみました! クリックして試してみてね(^^♪ (おっそろしく、時間がかかってしまったよ…140曲以上の修正作業だったから…) --懐かしいな--
From おかん
おはようございます。
お邪魔はしてるんですが。。。。。。 なかなか書き込みできていませんでした。 この曲は私が中学生の頃かなぁ〜 懐かしいです。 --おかんさん、それは俺もですって(>_<)…--
From 管理者:智(とも)
おかんさんの更新状況は、こちらでは把握出来るものを用意して、気づいてはいるんですが、最近まるで(多方面で)コメントを残せなくなってしまってます…
しかし11月のどこか区切りのいいところで、皆様方gへのコメント、訪問再開をしようと思っております! まだ発表はしていませんが、ある計画があって、それがまだ完成してないんですよ、俺の方で… それが完成したら、おかんさんがもっと音楽記事を楽しみに眺められるようになるかと思うので、もう少々待っててくださいね! “あみん”を今回書こうと思ったのは、やはり音楽ブログをしている “めぐ”さんの記事を読んだからです(笑) “岡村孝子”さんを紹介する記事でしたが、あみんの片割れなので…と書いてあったから、だったら俺が紹介しておこっか? くらいの軽い気持ちがありました…♪ 最近の俺ですが、完全に1980年代楽曲に囲まれて記事を選ぼうとするようになってきました! もちろん1990年代も書こうと思いますが、11月はおそらく、1980年代楽曲、多く読めると思いますので、今後も是非よろしくお願いしますね♪ ----
From あお
懐かしいw
これカラオケの十八番でしたね♪ 友達とハモって私は低音担当でした☆ --あおちゃん、いいでしょお(笑)--
From 管理者:智(とも)
J-POPメインのブログのはずなんですが、同時に昭和をこよなく愛する男が記事を書けば、こういう年代は当たり前♪
(たぶん来月も、こういう年代が続出する月間になりますよ!) まだここでは紹介しませんが、来月は俺の中でのある意味、サービス記事月間であり、自分の年代中心に構成しますよ(笑) 女性ふたりが揃うと、カラオケ定番楽曲となりますね、これ! 楽曲にもよりますが、少なくとも “待つわ” に関しては低域のハモリの方が難しい楽曲だと思いますし、上手な人が担当するんですよ、それは♪ “あお”ちゃんとカラオケ、してみたいかも(^^♪ (かれこれ2年くらい、してないや、カラオケ…) |
| 0125 一風堂 すみれSeptember Love | |
| 2006.09.29.Fri / 00:00 | |
| 9月も残すところ僅かとなりました! 筆者が訪問するブログの中では、9月らしい楽曲というものをいくつか紹介している場所がありました! 筆者にとっての9月の楽曲は何だろう? と思い、タイトルに含まれるものを探しました! 一風堂 ( いっぷうどう ) で 『 すみれSeptember Love 』 の紹介です♪ 1982年の大ヒット曲です♪ (1997年にカバーされたことで、再び有名になりました!)
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一風堂(いっぷうどう):
まず最初にお断りですが、このブログは <楽曲紹介ブログ> です! 検索から同じ名前で <ラーメン> や <ショップ> で辿りついた皆様には、残念ながら関連する項目はありません… 筆者も調べる中でわかったことですが、音楽以外で <一風堂(いっぷうどう)> という名前がこれだけ知れ渡っていることは、はっきり言って驚きでしたが、ここでは <音楽グループ> としての紹介を致します! ■1979年3月 リーダー 土屋昌巳(つちやまさみ) さんの元に集まったミュージシャンにより結成 メンバーですが、アルバムに表記されているライナーや検索では、多少異なる部分もありますが、一応記述されているすべてをここでは記述しておきます! ■メンバー(順不同、敬称略) ★ 土屋昌巳(つちやまさみ) ギター、ボーカル、キーボード他 ★ 見岳 章(みたけあきら) キーボードがメイン(バイオリンも担当) ★ 藤井章司(ふじいしょうじ) ドラム、パーカッション ★ 赤尾敬文(あかおたかふみ or ひろふみ?) ベース ※ 名前の読みがサイトなどによって異なるので、不明となっています… ★ 平田謙吾(ひらたけんご) ベース(但し先述の <赤尾> さんとは在籍期間はかぶさっていない模様) ■1979年8月、シングル 『もっとリアルに』 にてデビュー ■1982年7月、今回紹介する 『すみれSeptember Love』 が大ヒット♪ ★ カネボウ化粧品秋のキャンペーンソングとしてヒット ★ この当時、リーダーである <土屋昌巳> さんは、イギリスの人気グループ <JAPAN> にサポートギタリストとして同行していたため、やはり当時の大人気音楽番組 <ザ・ベストテン> での追跡中継(追っかけ、と言われていたのが懐かしく思えます) では海外中継、あるいは <土屋> さんだけが海外からで残りのメンバーが国内にいて同時演奏という映像が見られたものです! ※ この中継ですが、音楽そのものは基本的にテープであり、生ではありませんでしたが、それでも一介の音楽番組の、しかもランキングのうちの、たった一曲の為に海外中継をさいていたことを考えると、すごいことだと思います! ※ また、その中継の時には、日本でも人気の高かった <JAPAN> のメンバーが曲紹介手前でチラっと映ったりすることもあったので、それ目当てにテレビを見てた人もいたのではないでしょうか? (筆者もそんな一人でしたので♪) ■1979年の結成から1984年の短い活動期間の中で ★ オリジナルアルバムは4枚 ★ ライブアルバムが1枚 ★ シングルが10枚 (他にも海外盤やコンピアルバムのリリースはあります) を発表し、その活動の中では <土屋昌巳> さんと <見岳 章> さんだけが最後まで残ったメンバー、他の人は途中脱退していきましたが、その音楽性は、日本国内のみならず海外でも評価され、作品によっては、海外の著名ミュージシャンが参加していたり、日本でも数少ない、本格的に海外との架け橋になったグループと言えるでしょう! さて、今回紹介する 『すみれSeptember Love』 ですが、先述のように、ランキング番組などでも高い人気を得たポピュラー音楽であり、世間の認知度も高い楽曲でありました♪ では、楽曲そのものは、簡単な(?)内容だったのでしょうか? この同時期と言えば、音楽をカラフルにする手段として <シンセサイザー> が全面的に取り入れられ、中でも <YMO>(イエローマジックオーケストラ) が1980年に人気の頂点を迎えていたこともあって、それまでのギター中心の <ロックバンド> の形というものから、違った編成でも認められることは実証されていて、多くの <普通の形態> あるいは <普通の編成> のバンドもこぞってシンセサイザーの音を導入、そして <YMO> の成功があったからこそ、いわゆる(当時の)テクノ系サウンドが歌謡曲やヒット曲の中に浸透していきました! (注意) 現在ではシンセサイザーは、当たり前のように強弱が付けられ、しかも多彩な音色が出せるものでも数万円で購入出来ますが、当時は数十万円〜百万円オーバーのものはザラで、しかもほとんど完全アナログシンセサイザーであり、高価でありながら動作は不安定だったことも、現在との相違点となっています! ただし独特の音質は、現在でもシュミレートで代替するものより温かみや深みがある音なので、20年も30年も以前の機種は、今も現役機材として重宝されているのです! 今回の 『すみれSeptember Love』 では、まさにカラフルなシンセサウンドに溢れていて、東洋的なリズムも織り交ぜながらポップさを前面にし、わかりやすいメロディーラインと歌詞により、CMとの相乗効果で大ヒットしたナンバーでした! しかし、そうしたシンセばかりに頼った訳ではありません! 元々彼らは凄腕ミュージシャンの集まりで、特にギタリスト <土屋昌巳> さんのテクニックたるや、ボーカリストがオマケで弾くギターではなく、元々がウルトラギタリストなので、この曲においても、歌の部分では単なる伴奏とは思えない <カッティング> (コード:和音を弾くことが主で、特に2人ギターがいる場合では、サイドギタリストが担当することが多い部分です) を聞かせてくれますし、またソロの部分では、圧巻のテクニックを披露してくれます! また、最近の音楽では、クラシカルな要素を含んでいても違和感はありませんが、この曲ではギターソロの手前でバイオリンソロがあったり、様々な見せ場というものが存在します! そしてファッション面でも時代を先取りし、特にこの曲では1980年代の多くの男性アーティストに影響を与えたであろう <DCブランド系スーツファッション> を着こなし、髪型なども斬新なものがありました! これは特に <土屋昌巳> さんのセンスだと思いますが、彼を直接知らない人に説明するなら、同系統のファッションとしては <吉川晃司> さんや <安全地帯:玉置浩二> さん(ワインレッド〜などの時代が顕著ですね) などをイメージしてもらえたら、と思います! (まさに1980年代初期〜中期のイメージですね!) さて、この 『すみれSeptember Love』 が <簡単な(?)内容だったのでしょうか?> などと途中に書いた訳ですが、ならば <一風堂> の音楽そのものは、全体を通して、この曲のような作風だったのでしょうか? 何しろ 『すみれSeptember Love』 は、ちょっと聞く分には、簡単そうに聞こえるのですが(あくまで2006年現在として考えた場合のことです!)、1982年の段階で考えたら、相当複雑なことを一曲の中に凝縮している、まさにお手本のようなサウンドとなっています! メインになっている機材ですが、このブログでも度々紹介してきたシンセサイザーのものだということがわかる音になっていますが(あえてここでは詳細には触れません! 文末リンクより、過去記事において紹介している部分を記述しておきます)、その他にもまさに当時を代表する高級機材が惜しげもなく使われ、その性能を存分に発揮させ、なおかつレコーディング・エンジニアの手も加わって、およそ1980年代の過去楽曲を聞いているとは思えない新鮮さを、2006年の今でも感じることが出来ます! さらに <一風堂> の音楽は、シンセポップがメインではなく、あくまで <ロックバンド> ということを見逃す訳にはいかないのです! これは彼らのベストアルバムなどを耳にしていただければ、はっきりわかることですが、ビート感溢れるギターサウンドであったり、ドラムなどのリズムが重厚な曲があったり、ひとつのジャンルでくくれない幅の広さがあります! 年代や作品により、内容が一定していないことに対し、ファンは様々な思いがあったかもしれませんが、真の実力を有する人が取り組んでいる場合には、そのどれもが <挑戦> であり <底力> であることを実証してくれますし、まさに <一風堂> は時代を先取りした先駆者であり、後の音楽シーンに与えた影響の部分では、これからも語り継がれる存在であることは、間違いないことでしょう! 多くの読者にとって、リアルタイムで <一風堂> の音楽を聞いた人は少ないと思いますが、今回の 『すみれSeptember Love』 に関しては、有名なカバーがあることはご存知の人も多いことかと思います! そうです! 1997年に <SHAZNA>(シャズナ) がカバーして、これもまたヒットしました! 元々1980年代のポップサウンドの一角である <カルチャークラブ>(特にボーカリストである ボーイ・ジョージ) を彷彿させた <IZAM> さんの奇抜なファッション及びルックスから <SHAZNA> は注目をされましたが、その彼らが1980年代を代表するナンバーをカバーし、それが再び注目をされ、しばらくの時間を経て、2000年代に訪れた80'sブームのはしりであることを思えば、色んな部分を絡めて、筆者にはすべてが懐かしい話だと思えるのです! (2006年、再び <SHAZNA> が始動することも、待ち望んだファンにとっては朗報と言えるでしょう!) <一風堂> の解散後ですが、中心人物であったこの両名は、日本の音楽史に輝かしい功績を残しながら、今もなお新しい音楽を創生しています! ★ 土屋昌巳(つちやまさみ)さんのその後 主にプロデューサーとして活躍し、特に著名なところでは、こういう皆様方の作品に関わっています! ● THE MODS(モッズ:森山達也さんのソロ作も含めます) ● THE BLANKEY JET CITY(ブランキー・ジェット・シティー) ● GLAY ● 藤井尚之 ● ユハラユキ この彼女は、2006年注目のドラマとなっている <黒い太陽> の主題歌 『友だち』 を歌っている若手であり、そのプロデュース及び編曲を彼が担当しています! ★ 見岳 章(みたけあきら)さんのその後 作曲家として有名であり、また映像作品のサウンドを手がけ、以下に記述する代表作があります!(もちろんその他多数!) (作曲や編曲などの分野) ● 美空ひばり 『川の流れのように』 ● とんねるず 『雨の西麻布』、『歌謡曲』 ● 城之内早苗 『あじさい橋』 (作詞家 <秋元 康> さんとの楽曲がいずれも有名です) (サウンドトラック:ドラマにおける作品) ● 金田一少年の事件簿 ● ケイゾク (これらの他にも、多数映像関係の作品があり、気付かないうちに彼のサウンドは皆様の耳に届いていることかと思います!) 今回のリンク先 ★Sony Music Online Japan 一風堂 音楽ダウンロード ここでは 『すみれSeptember Love』 を含むベストアルバムの 『LUNATIC MENU』 の試聴が出来ます♪ なお、試聴の為に音質はあまり期待出来ないことと、あくまで <試聴> の方をクリックしていただくことを読者の皆様にはお願いします! <ダウンロード> では購入セクションが出現するかと思いますので、それは皆様方が間違うことの無いように、お願いしておきたい部分です! (もちろんお気に入りになれば、それも検討ください!) ★すみれSeptember Love Uta-Net (歌詞掲載部分) ★筆者の過去記事より、文中における機材紹介の補足 (それぞれ過去記事に飛ぶリンクとなります) ●0068 OFF COURSE 君が、嘘を、ついた (2006/07/03) ●0069 寺尾 聰 ルビーの指輪 (2006/07/04) これらの記事に紹介されている 『 prophet-5 』 ( プロフェット・ファイブ ) というマシンのことです! 本文を閉じる → ▲ |
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| 邦楽 1982年 / コメント (10) ▼コメントのみ読む / トラバ (0) / PAGE TOP△ | |
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From ひなた
そーでしたよね!シャズナがリメイクしてましたね^^
が、申し訳ないですが一風堂さんの曲はコレしか知らなかったり・・ でも、とても80年代っぽい曲だと思います^^ --ひなたさん、きっと皆、同じ(笑)--
From 管理者:智(とも)
だって普通の音楽番組では、これしか流れていないと思いますもん(笑)
ちなみにこの年度は、俺はまだ関西人だったりしたので(本当ですっ!!)、FM以外で <一風堂> の音楽を聞いた記憶はありませんよ? (何故かNHK-FMではよく流れてました、が!) まさに80年代であり、いくら才能があっても、90年代ではヒットしていないかも? と思えば不思議なものがあります! 逆に2000年代の方が、ゆっくり80年代を聞けるし、耳に馴染むし、俺は今の方が嬉しいですね! みんなが80年代聞いてくれるから♪ 試聴の部分からは、いろんなタイプの作風を楽しめるので、お時間あったら是非! --視聴の楽しさ…--
From amorecat
コレだけは本当にこちらのブログで初めて知った楽しさです!!!
今までしたことなかったんですよ…一度も… 最近は時間があるときに視聴したりしてます!!! 最近忙しさと、複雑な心境の渦の中で上手くコトバがでないのですが… でもこの曲って直訳すると”すみれ…9月の愛”ですよね… 9月もこちらで多くの智さんの愛のこもった記事をみて 元気をもらっていたamoです!!! あ…ちなみにamoもシャズナの歌だと思ってました(笑) 先ほどはamorecatに遊びに来ていただきコメントも頂きありがとうございます。 ちょっと悲しくて切なくて苦しかったので…同じブログ管理をしている方からの意見をいただけ本当に嬉しかったです。嬉しいというより安心しました。 悲しいと自分で納得できる画像も撮れなくて必然的にペースが落ちるamorecatですが…またマイペースで書いていけたらなぁって思ってます。今は智さんがご存知のようにダウン気味ですが… 一ヶ月に100回以上も更新していたことに改めて気付き…やっぱり自分のペースは自分の気持ちと相談しつつ決めていこうって思いました… 最後にそちらももう夜は冷えますか?? 夜風は気持ちいいですが くれぐれもお体大切にしてください…amo --amoさん、実は重要視しています、試聴と視聴!--
From 管理者:智(とも)
音楽って、音が伝わらないことには説得力なんて無いジャンルで、俺が普段記事にしていることは、その補足が出来ればいいな! という意味合いがあるのです!
どんなにいい曲ですよ♪、どれだけ可愛いですよ♪、いい歌詞ですよ♪と文字にしたって、それが読者に受け止めてもらえないと、何も意味が無いんですよ… 8月の停止以来、未だにそこを考え込んでいますが、読者の皆様が自分で検索をする手間を省く為に、俺は自分で徹底的に検索し、自分の知識や記憶と重ねながら記事にしています! (今回はどうでしょう? Yahoo!検索から700ヵ所くらいを眺め、そこから15ヵ所くらいに絞込み、自分のCDをずっと聞きながら書いたものですね!) 曲名ですけど、当時のCM画像を思い出せませんが、華やかさという部分を強調したかったでしょうし、そこまで深い意味も無いだろうと(笑) (80年代などは、特に考えることを必要としなかった気がします!) すみれ、がタイトルに含まれる楽曲ならば、岩崎宏美さんの <すみれ色の涙> なんかの方が、もっと印象的ですが! あ! これを <SHAZNA> だと思うのは、そう不思議はありません♪ 俺は30代後半だからこそ、リアルタイムで聞いていますが、皆様の年齢層によっては、後年カバーにて知ることも多いと思いますし! えっと… amoさん家では、俺のブログとの最大の違いとして、コメントを残す読者の多くは、自分がブログ管理者では無いことがあるように思えるのです! 俺のところでは、コメントを下さる多くの人は、自らが管理者だから、共感する部分、意見する部分、苦悩の部分などあると思いますが、amoさんのところでは、読者の多くは、管理者 兼 読者ではなく、あくまで読者の立場だけだと思うんですよ… そういう部分も後日、記事にすれば… と思っているんですが、俺としては! 記事の更新頻度ですが、俺は不定期更新にしてよかったと思います! プロフ欄には、あえて自分のブログカテゴリーも追記しましたが、訪問しても中々ジャンルがわからないブログ、多いんですよね…(特に新規開設されたところって!) なるべく交流先の皆様方のブログ、訪問したいし、だけど連日更新してたら間に合わない… このギャップが8月に停止したきっかけでもあったし、1曲をもっと皆様に読んでもらえる時間は確保しておきたかったんですよね! 俺が感じるamoさんのカテゴリーとは、写真付き公開日誌と思えます! だけどブログって、自分があくまで <公開出来る> 範囲のものであって、自分の生活日記というものは、自分のプライベートとして存在すればいいし、連日更新にこだわる必要ありませんし、また、体調が整わないこともあるでしょうから(そこには精神的なことも含めます…)、何も写真が本人でなくてもいいんじゃないか? という気もするんです! 景色だっていいと思うし、見かけたものでもいいと思います! 今後amoさんが、どのようなスタンスでブログに関わるかを、俺も見ていこうと思いますし、またamoさんから感じる俺のスタンスも見てもらえれば、と思います! --お久し振りレス♪--
From はるりん
私は30台のちょうど折り返し地点(笑)で、オリジナルを聴いてるハズの世代ですが、当時の記憶がないです・・・。どうしてもIZAMさんのイメージしかなくて。もちろんカバーであることは知ってますが、それを知ったのは「SHAZNA」でのこの曲を聴いた時です。
やっぱり当時は「アイドル」オンリーだったことが窺えます。ベストテンなんかでも、アイドル以外は「早く終わんないかな〜」なんて思ってたし(笑)。 --はるりん氏、案外そんなもんです(笑)--
From 管理者:智(とも)
えっと、かつて某記事にてバラしていますが(笑)、俺の2歳下ですよね、はるりん氏!
ならばこの年次に小学生でしょ? 普通こういうマニア受けしそうなもの、聞かないって! (だけどカネボウなんだよ、これ?) ちなみにこの前年、YMOで史上最強と言われる <暗い暗い作品> なんかをレコードにて流していたヤツですから、おいら! 反対に俺は、アイドル楽曲の時間帯は見てませんね… (ベストテン以外でも、たくさん見れるものは無視だった!) どっかにベストテンを <録音> したテープ、あるんだろうけど、俺の? 実はカバーされたからこそ、本家が後にCDでベストをリリースしてもらえた、というオマケがあるんだけどね(笑) 今になって、配信でこのベストアルバムが一括ダウンロード出来るようになるなんて、過去は想像出来なかったよ… どっかのメーカー、作らないかなぁ? DVD規格で映像は無し! すべてを音楽トラックにして、数枚のアルバムを1枚のDVDとしてリリース! もちろん当時のアルバムのインナースリーブだけは全部画像トラックに使ってね♪ そのくらいのこと、すぐに出来ると思うんだが…? あ、個人的に応援したいアイドルさん、これからも報告しますので、一緒に応援しましょうね♪ --え〜と--
From はるりん
82年っていったら、小5で11歳ですね。。。
この頃は、聖子さんのファンで「松田聖子大百科」なるものを買って穴が開くほど読んだり、テレビのベストテンなんかをステレオからマイクのばしてカセットに録音したりしてました!親に「今、録音してるから喋らないで!」って言って(笑)。 DVDに音楽のみ収録したら、容量を食う映像がない分、相当な曲数が入ります? 関係ないけど、80年代後半のCDって収録曲数が10曲くらいでしたよね。それが最近のベスト盤なんかじゃ、もうすぐ20曲行くんじゃないかってほど、収録されてますね。例えば本田美奈子さんの「ゴールデン☆ベスト」は18曲収録されてます!これって、元々「LP」をCD化したから初期は10曲前後だったんですかね? --懐かしいです♪--
From おかん
なんとなく、これかなぁ〜って思ってました!
懐かしいです。 私はこの曲で体育祭で踊りました!笑 派手なメイクして。。。。。。青春です!!!!! シャズナでも流行ましたね。 え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 モッズとも関連があるんですか? 知らなかったです。勉強になりました。 --はるりん氏は、すでにその頃には…--
From 管理者:智(とも)
現在の基盤が出来上がっていたんだ(笑)
しかし俺も似たようなもんです! そうねぇ、ベストテンなんかを録音するのは、俺も頑張ってましたね! 昔は懐かしい話ですが、高級ラジカセなんかがあり(今って、ラジカセの高級機なんて、見かけませんね…)、それをテレビの正面に向け、家族を <黙らせて> 録音してたなぁ♪ (向き合わせだから、左右の音が反対になってしまった…) その後俺は、接続ケーブルを自分で買って(!)きちんと録音レベルまで調整しながら録音していました! (こういう学生時代を過ごしていました!) DVDの詳しい規格は知りませんが、CDでは最大トラック数は99までと定められています! DVDでも最大99トラック(チャプター)しか扱えないとしても、見かけ4.7GBで換算すれば、80分CDでも700MBだから、軽くアルバム6枚くらいを収録出来るでしょうし、今までのアルバム(たいてい45〜50分くらいでしたね、昭和のアルバムって!)だったら、かなりの枚数に匹敵するんじゃないかな? CDの場合は、記録領域を全部連続し収録するから、18〜20曲くらい収録されることもありますが、LPレコードだったら、収録曲数を増やそうとすれば、溝を狭くするしかなかっただろうし、また、盤面真ん中のレーベル面(紙のところ)を小さくし、内側に溝を増やしたとしても、プレイヤー次第では、そこまでトレースする前に、勝手にトーンアームが戻ってくる機種もあったでしょうし、技術的に限界があったのでしょうね… --おかんさん、見事な読みでした(^^♪--
From 管理者:智(とも)
さすがにこれは、10月には書けないだろ… という思いがあり、焦って書きました(笑)
俺にとって意外だったのは、案外このオリジナルを皆様が知らなくて(他のコメントを御覧ください)、カバーである <SHAZNA> の印象の方が強いんですよね… やはり <おかんさん> と <俺> には、あのルックスとかベストテンの画像、懐かしいですよねぇ♪ しかし、た、体育祭、すか? どんな状況だったのでしょうか? (竹の子族系統なんでしょうか? すっごく見たいです!) この同じ年度には、あの <い・け・な・い ルージュマジック> なんかもあり、沢田研二さんの人気もあって、男性メイクが浸透してきた気がしますね! そしてモッズですが、一風堂の <土屋昌巳> さんプロデュースにて、アルバムリリースもあったはずで、さらには <森山達也> さんの <LOVEかくし色> なども彼のプロデュースなんですよ♪ レコード会社も、当時のモッズの所属レーベルも一緒だったから可能だったんでしょうけど、ロックを盛り上げた要注目人物であるし、この成功があったからこそ、後年に吉川さんなどのロックが確立したと、俺は思っていますよ♪ 他の音楽ブロガーさんにも、いつも話すことですが、俺は <人物から辿る音楽の楽しみ方> を提唱しています! 俺の記事を読み、皆様がこういう部分に興味を持ってくれたら! と思いつつ、記事を書いています! |
| 0124 研ナオコ 夏をあきらめて | |
| 2006.09.25.Mon / 02:00 | |
| 芸能界には、まさにマルチな活躍をされる存在の人は多く、本職は何だろう…? と思えるくらい、あらゆるジャンルで多彩な活躍をされるのを見かけます! 今回の大ベテランは、CMやバラエティー(それは司会者なども含めます)にて存在を知る人も多いと思いますが、筆者にとっては一流の <ボーカリスト> としての存在の部分が昭和の時代から現在も続く認識となっています! 研ナオコ さんで 『 夏をあきらめて 』 の紹介です♪ 1982年発表 原曲は <サザンオールスターズ> によるものです♪
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研ナオコさん:
■1953(昭和28)年7月7日生まれ 静岡県(現在の)伊豆市出身 ■1965(昭和40)年 地元放送局の <のど自慢大会> に合格 ■1967(昭和42)年 同じく <のど自慢大会> にて準優勝 ※ 幼くして歌唱力が高かったことを裏付ける内容だと思います! ■1970(昭和45)年 歌手を目指し状況 ■1971(昭和46)年 「大都会のやさぐれ女」 にてデビュー ■デビュー後、所属事務所を <田辺エージェンシー> に移し活動 ※ 日本を代表する芸能プロダクションのひとつであり、これが縁となる出来事として、ブレイクする以前の <THE ALFEE> が彼女のバックバンドだった時代があります! これはあの <高見沢> さんもよく語ることです! ■1972(昭和47)年 今もなお人気ドラマとして語られるTBSの 「時間ですよ」 に出演など、その後の彼女の <映像での活躍> を予見させる活動が、すでにこの当時より開始されていることは、ベテランならではの芸歴の長さを感じさせます! ■1975(昭和50)年 「愚図」(ぐず) がヒット♪ (作詞:阿木曜子 作曲:宇崎竜童) この楽曲で <FNS音楽祭・最優秀歌謡音楽賞> を受賞! 実力派とされながら(歌手としては)不遇の時代を過ごした彼女のヒット曲であり、賞レース受賞という輝かしい作品になりました! ベスト盤などにも収録されていますし、現在でも聞くことは容易です♪ ■1976(昭和51)年 「あばよ」 がヒット♪ (作詞・作曲:中島みゆき) 筆者はこの 「あばよ」 から <研ナオコ> さんの楽曲を聞くことになり、特によく記憶していますし、現在も好きな楽曲のひとつです! この年は ★ NHK紅白歌合戦に初出場 ★ 日本歌謡大賞で放送音楽賞を受賞 ★ FNS歌謡祭で優秀歌唱賞を受賞 など、特に彼女が望んだであろう、歌手としての側面が大きく飛躍した時期だと筆者は思います♪ ■1978(昭和53)年 「かもめはかもめ」 がヒット♪ (作詞・作曲:中島みゆき) ★ 日本歌謡大賞放送音楽賞を受賞 ★ レコード大賞金賞を受賞 ★ NHK紅白歌合戦に出場 ■1982(昭和57)年 「夏をあきらめて」 がヒット♪ (作詞・作曲:桑田佳祐) ★ 日本レコード大賞金賞 ★ 日本有線大賞有線音楽賞 ★ 全日本有線放送大賞優秀スター賞 などを受賞 ■1983(昭和58)年 「泣かせて」 がヒット♪ (作詞・作曲:小椋 佳) ★ 古賀政男記念音楽大賞優秀賞 ★ NHK紅白歌合戦に出場 ■1985(昭和60)年 <田原俊彦> さんとのデュエットソング 「夏ざかりほの字組」 がヒット♪ (ユニット名は <TOSHI&NAOKO> と、そのままわかりやすいものです!) ■その後も有名楽曲を多数リリース! 皆様ご存知のように、特にテレビでの活躍は司会者、バラエティー番組などで御覧になるでしょうし、コミカルなCMでの活躍など多彩なものがあります! 今回メインで紹介する 「夏をあきらめて」 ですが、途中記述をしたように1982年の作品であり、あの <桑田佳祐> さん作品 <サザンオールスターズ> のアルバム収録曲となります! (アルバム <NUDE MAN> に最初に収録されました) 実は筆者はこの 「夏をあきらめて」 の発表当時は知らなかったことなんですが、先に <研ナオコ> さんのシングルリリースがあって、作者である(そしてバンドである) <サザンオールスターズ> の方に、後からセルフカバーされたのだろうという思いがありました! (筆者がサザンバージョンにて 「夏をあきらめて」 を聞いたのが1983年以降だったからだと思います…) よくよく調べてみれば、サザンが発表したのが1982年7月のことで <研ナオコ> さんがシングルリリースをしたのが1982年9月と、後ろであったことがわかり、別アーティストに提供された楽曲の発表順としては珍しい印象がありました! 筆者にとって今回の 「夏をあきらめて」 が特に印象的だったのは <研ナオコ> さんの歌唱力の高さを感じると同時に、当時はまだ <コミック系バンド> としても評されていた(と思えます) <サザン:桑田さん> が、提供楽曲としてこれだけの高いクオリティーの作品を書き上げたことにこそあるような気がするんです! もちろん <桑田佳祐> さんは、現在では日本を代表する稀代の作家としての印象が強いですが、筆者の年代としてリアルタイムに <ザ・ベストテン> などの影響を受けている世代としては、どうしても初期サザンのインパクトは強烈なものがあり、それとかぶさってしまうことが多いのです(笑) だからこそこの 「夏をあきらめて」 は、現在のサザンを知る世代にこそ聞いてほしい初期の名曲のひとつであり、または <研ナオコ> さんをマルチタレントとして、だけど歌手としての活躍部分をほとんど知らない読者の皆様に、是非聞いてほしい名曲のひとつとして、紹介しておきたくなったんです! 略歴にて紹介している数々のヒット曲の作者を見ていただければ、日本を代表する音楽家の参加が目立ちますが、その作者が自らセルフカバーしている名曲でもあり、比較ではありませんが、聞き比べしていただくのもまた楽しい聞き方でしょうし、優れた作品は、優れたアーティストにより、さらに価値が高まることを感じ取ってもらえれば! という思いがあるんです! 1970年代〜1980年代には <ニューミュージック> というジャンルは確立し、2000年代の現在もなお、その時代の名曲の数々は世代を越えて聞かれますが、筆者が <楽曲紹介ブログ> をしている仲間のところで、口癖のように残す言葉があるんです! 『楽曲は当時のままの音が、そのまま残されていますが、聞き手である我々は年齢を重ね、リアルタイムで聞いたはずの当時から成長し、現在再び聞き込むことで、感じ取るものは、また別のものが加わってくるはずだ』、ということを! 当時感じていたこと… まだ学生だったり幼い自分が大人の気持ちではなく、ただ興味があったり好きだったかもしれない楽曲… 現在感じること… それなりに色んな経験を重ねながら、人生の時間も増やし、歌詞に込められた深い部分を感じたり、音色ひとつにしても、レコード〜カセット〜CDへとメディアは進化して、細部まで聞き取れるようになったことから、また新たな発見も出来ますし、そうやって音楽は自分の中で <進化> していいんじゃないかと、筆者はいつも思っています♪ <桑田佳祐> さんが真正面から書き上げた名作! <研ナオコ> さんが実力を発揮した名曲! その両面から、当時を懐かしんで聞いていただくのもいいですし、またはリアルタイムに聞いていない世代にとっては、これから発見する何かがあればと思い、秋を感じる今、紹介することにしました♪ 今回のリンク先 夏をあきらめて Uta-Net (歌詞掲載部分) なお、ここでは紹介していませんが <研ナオコ> さんの公式サイトでは、彼女の歴史を楽しく読むことが出来ます! そして <サザンオールスターズ> のサイトでは <サザンバージョン> による 「夏をあきらめて」 の試聴(これに限らず、膨大な量の試聴が出来ますっ!!)や歌詞の掲載などがあり、ものすごく充実した時間を過ごせるかと思います! 本文を閉じる → ▲ |
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| 邦楽 1982年 / コメント (10) ▼コメントのみ読む / トラバ (0) / PAGE TOP△ | |
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--デビューが私の生まれた年!--
From はるりん
研ナオコさんって言ったら、カックラキンを思い出します〜。
ウィキで見ましたが、デビュー前の職業にビックリ!!あと、ちびっこのど自慢で不合格になった理由が凄いですね。 曲でいうと、この「夏をあきらめて」(サザンとごっちゃになってるかも)と「あばよ」、「夏ざかり ほの字組」が研さんのイメージとして記憶されてます。 --はるりん氏、ちょっと補足を!--
From 管理者:智(とも)
Wiki〜のが真実かどうか怪しいところとして、公式サイトにはその記述は無いのね…?
(だけどエレベーターガールをしてたことは、かつて彼女自身が番組で語っておりました!) よ〜く時代を振り返ってほしいとこですが、8時だよ〜にしても、カックラキンにしても、よくもまぁ、あんだけコントに芸能人を巻き込んだものだという気がしませんかぁ? (それを考えれば、最近のJ-POP関連さんって、活躍の場はトークしか無いような気がしてならない…) 楽曲で有名なのは、やはりその3曲だという気がしますが、俺は個人的に聞くことも多かったので、今回記事にしてみました! えと、夕子さん家のブログ(あのアイドル圧巻の資料的ブログさん)にて、9月の楽曲がいくつかまとめて商会されていましたよね! ああいう切り込み方もいいだろうなぁ♪ とふと思ってしまった♪ 最近ねぇ、楽曲を選ぶって何だろなぁ…って気持ちが強くなって、選曲がはかどらないんだよねぇ… なので、反応はどうであれ、自分なりに書こうという気持ちがあるし、不定期はこのまま継続しようと思ってます! (100曲越えたとこから、ずっと迷いっぱなしだけどね…) ----
From うさぎ
研ナオコさんといえばバラエティーのイメージが強いです。
歌っている姿を見た記憶がほとんどないんですよ〜。 これはちょっともったいないですね。 歌手として輝かしい経歴の持ち主のようですし♪ アルフィーがバックだったなんて豪華〜☆ --うさぎさん、是非ベストを聞きましょう♪--
From 管理者:智(とも)
アルフィーがバックだったのは、記事にも書きましたが事務所の関係からですね!
そして普通のロックバンドと彼らの違いは、ドラムやキーボードがいる編成では無いので(あくまでギタリスト&ベーシストですから)、それが可能だったのかもしれませんね! ただ、なんかそれも時代を感じますね… こういう下積みの時代があり、自ら表舞台に立っていくのは、昔は定番だったような気がしますが(安全地帯しかり、B'zの松本さんしかり、ですよね!)、近年では財力にモノを言わせて、自分よりも目上や先輩であるミュージシャンをバックに歌うなんてことが基本になってて、俺のように30代後半などの世代にとっては、歌手本人をあんまり評価出来ずに、ただひたすらバックミュージシャンを見てしまうきっかけを作ってしまいますね… (ある種の音楽バブルなのかもしれませんが…) 研ナオコさんは、あまりにもテレビスターとしての側面が目立ってしまうので(それくらい、超ベテランなのですが!)、歌手としての部分は目立ってないように思えますね… (実際、歌番組に積極的に出演したようにも思えません!) ですが著名作家の作品を、完全に自分の世界観で歌い上げる実力は、時代を超えて評価されてもいいと思います! お時間ありましたら、是非その素晴らしい歌唱力、聞いてみてくださいね♪ ----
From あお
私は「あばよ」が好きでしたね^^
(歳ばれるな・・・プw) 泣かないで〜泣かないで〜♪ じゃなかったっけか・・・。 --.゚+.(o´┏∀┓`o)゚+.゚イイ!!--
From おかん
こんばんわんこヾヾ(*^▽^*)〃〃
凄く懐かしいです! この曲。。。。。高校の頃よく聞きました。 なんかちょっと切なくて。。。。。。 泣かせて。。。。。 これもよかったな! 私はナオコさんの声が好きだったかなぁ〜 小椋さんのもよかったけど、顔見てびっくりした!笑 こんなおじさんが。。。。。ゲッ!Σ(・ω・;||| って当時は想いました。 --え、えぇ? あおさん、何歳なんだぁ?--
From 管理者:智(とも)
<あばよ> はまさにそういう歌詞だったりしますが(笑)
http://www.uta-net.com/user/phplib/Link.php?ID=337 ← これが歌詞です♪ 研ナオコさんの歌って、元気いいのも確かにありますが、聞かせる歌、多いと思うんですよねぇ! 中島みゆきさんが提供した楽曲としては、柏原芳恵さんとかも同系統だという気がしますね! (工藤静香さんに関しては例外的かもしれないですね!) なぜか <あばよ> は俺、小学生時代によく聞いてた(笑) さぁて、あおさんと俺、さすがに俺が年上だと思いますが(プロフ写真、可愛いからですよ!)、それが果たして正解なのかどうか? 非常に気になって、長い夜になりそうです♪ 追伸: キリ番ゲッターのおいらには、あおさんfaceなんかをもらえたら嬉しいかもしれない♪ (ほんと、画面開いた瞬間、まさにジャストなのでした!) --おかんさん、ご無沙汰しております!--
From 管理者:智(とも)
最近皆様のところを中々訪問出来ずに申し訳ないです(>_<)
今回、久々に懐かしい系を用意しましたが、おかんさん、高校時代になるんですか、これ! 俺は小学生時代? ん? この時は中学になってたかなぁ? という思い出ですね!(たぶんそうです!) この曲もそうですが <泣かせて> なんかも名曲ですよねぇ♪ <小椋 佳>さんと言えば、やはりあのルックスには最初驚く人は多いと思います! (山下達郎さんなども、そうではないでしょうか?) 先日親子で24時間テレビなどに出演されましたが、アーティスト活動と並行しながら、本職である銀行員としての職務もこなした偉大な音楽家で、よくよく考えたら <シクラメンのかほり> なども <小椋 佳> さん作品ですねぇ! 聞かせる歌って、その時代に比べたら、我々自身が年齢を重ねたこともあるんでしょうけど、あんまり聞かなくなったような気がしますね… 今週ですけど、残り数日で9月に関係する曲をアップしようと思いまして、あの懐かしい曲、絶対に書きますので、また遊びにきてくださいね♪ --(*´A`*)ノほほぃ--
From おかん
楽しみにしていますね。ヾヾ(*^▽^*)〃〃
あ!書き込みありがとうございました!〈(_ _*)〉"ペコッ 私のとこってレス入れで文字数が決まっているらしく…(;´ρ`) 最後まで書ききるコトができませんでした。 書き足りないのは。。。。。。。 もし機会があって智さんがここで紹介してくれたら嬉しいなぁ〜です。 では、またお邪魔しますね。 o(*・ー・)〇"ぐっ♪o(*・▽・)ノ"ばーい --おかんさん、わざわざ追記、ありがとうございます!--
From 管理者:智(とも)
ライブドアさんに限らず、大抵のブログでは文字数、制限かかりますよね…
(あと、非公開に出来るところもFC2やエキサイトブログさんですか? それくらいしか見かけたことが無いような?) 興味を持った音楽は、時間はかかるかもしれませんけど、自分の耳に、自分の意識にしっかり認知させてから書こうと思います! (なのでいずれ、登場するかと思います!) 返事の方が遅くなってしまって、ほんとすみません(>_<) 今週には、たぶん我々世代の懐かしい楽曲、登場しますので♪ |
| 0104 海援隊 パラオ ゼロ ファイター | |
| 2006.08.15.Tue / 03:00 | |
| 8/15 言わずと知れた、終戦記念日となる訳ですが、筆者をはじめ、ここを訪れる多くの読者は、戦争を経験していないはずです… 今も世界のどこかで、戦争は続いていますが… 国防と戦争の意味の違いなども、皆様に考えていただける一日になればと思い、今回の楽曲を選びました! 海援隊 で 『 パラオ ゼロ ファイター 』 の紹介です♪ 1982 年発表 アルバム 「ようやく解りかけてきた」 に最初に収録されたようです♪
▼ ← 続き(本文)はこちら♪
海援隊(注意:音楽グループの、ですよ!):
★武田鉄矢さん、千葉和臣(かずおみ)さん、中牟田(なかむた)俊夫さんの3人組フォークグループとして、1972年(昭和47年)にデビューした九州出身者 ※50音順にて掲載しました! デビューに際しての上京においては <泉谷しげる> さんの誘いがあったからだということを見かけました! ★1973年(昭和48年)暮れにリリースされた 『母に捧げるバラード』 が、翌1974年(昭和49年)に大ヒット!! この楽曲は、ほとんどが語りであり、メロディーとして歌われる部分が少ないにも関わらず、九州弁丸出しでの、その語りの部分のインパクトが強く、衝撃的な作品だったといえるでしょう! ★その後、コンスタントに作品をリリースするも、苦難の時代が続きます… ★それを一変させたのが <武田鉄矢> さんが出演し、あの <高倉 健> さんが主演で日本映画の名作となった <幸せの黄色いハンカチ> であり、この俳優としての <武田鉄矢> さんの認知度が、その後の運命を変えたというべきポイントになったかと思います! ★そして1979年(昭和54年)に <武田鉄矢> さんが主演し、今も多くの人の心に残るテレビドラマとして語り継がれる <3年B組金八先生> の主題歌となった <贈る言葉> の大ヒットへとつながりを見せました! ★この後、ドラマの続編テーマ曲などもヒットしましたが、惜しまれつつ1982年(昭和57年)に <海援隊> は解散しました… ★それから時が流れ、1992年(平成4年)の <武田鉄矢> さんのソロコンサートに <千葉和臣> さんと <中牟田俊夫> さんがゲスト参加し、翌1993年(平成5年)には、九州出身のアーティストが一堂に会した <福岡ドームオープニングイベント"DREAM LIVE IN FUKUOKA DOME"> に <海援隊> として出演! ※これ、筆者は行きました! 今まで見たコンサートの中でも、これだけのアーティストが一度に見れたものは無く、色々な思い出があります♪ ★1994年(平成6年)、本格的に <海援隊> が再結成され、2006年現在、今に至る! 概略としては、こういうところですが、やはり <海援隊> = <武田鉄矢> さんのイメージが強く、彼と2人のギタリストという感じに思われる人も多いのではないでしょうか…? 今回紹介する <パラオ ゼロ ファイター> では <武田鉄矢> さんの作詞ですが、彼はボーカルを担当していません!! ここでお願いがありますが、残る両名のどちらがボーカルをしているのか、筆者も知らないままです… どなたかファンの方がいらっしゃれば、教えていただければありがたいです! ※2006/09/02 追記 上記の件に関して、情報をいただきました! コメント欄<riz>様からの情報で、歌唱されているのは、作曲者である<千葉和臣>さんであるとのことでした! <riz>様 筆者の長年の疑問を解決していただき、心より感謝致します! さて、この曲に書かれた内容は、どういうものなのか…? タイトルにも含まれている <ゼロ ファイター> これは名前が示すように、空爆機であった <零戦:ゼロ戦> のことです… その <ゼロ ファイター> が、静かで穏やかな美しい海で眠る姿を書き上げた楽曲なんですが、冒頭に流れる <波の音> から始まり、5分をわずかに下回る時間の中で、ものすごく長い歴史を感じる内容で、 ■二度と還ることのない操縦士のこと… ■今も眠る、ゼロ ファイターの機体 ■そのゼロ ファイターが眠る、静かで穏やかな、美しい海 ■その海にいる魚、珊瑚 ■それらを見る、そして思いを寄せる人物 こうした関連性によって表現されていると、筆者は感じています 何はともあれ、まずは歌詞から御覧いただきたいです!! ■パラオ ゼロ ファイター うたまっぷ (歌詞掲載部分) 絶対に読んでいただいた! と確信して、この先の記述を進めますが、この歌詞に描かれたゼロ ファイターは、本来、空を飛ぶ飛行機であり、それが何故、海の底に眠ってしまったんだ…? という悲しさの部分と、操縦士が本当に心から望んで、その戦地に赴いたのか…? という部分が印象的です! また、この歌詞には直接書かれていませんが、あくまでゼロ ファイターと、今は機体が眠る海について書かれているため、そのゼロ ファイターが何をしたのか…? という部分については、聞き手が自分で考えてみよう、ということが含まれているのかもしれません… 戦争とは、ある一部の思想の行く先にある優位性であったり、権力であったり、海外の紛争で見られるように、宗教における闘争であったり、様々な形があるかと思うのですが、そこに動員される人物全員が望んで参加しているとは、筆者には思えません! 同じ国の中に、加害者も被害者も増やしてしまうもの… それが、戦争だと思います 冒頭で触れましたが、国防と戦争の意味の違いは、これを読む皆様方にも考えてほしいところですが、筆者の心情としては、日本人が侵した非道の部分と、そして日本人が巻き込まれた悲劇の両面から、この先の時代には、絶対に戦争を起こしてほしくない! という気持ちがあります! 堅苦しい記事ではありますが、せめて一年に一度くらいは、こういう記事があってもいいのではないか? と思いながら、楽曲に関連させて記述しています! では、その楽曲の方を紹介しますが <海援隊> は <武田鉄矢> さんがメインボーカルであるとはいえ、2人のギタリストの確かな表現力と作曲能力の部分を見逃せないです! 今回の <パラオ ゼロ ファイター> の作曲は <千葉和臣> さんであり、文才に溢れる <武田鉄矢> さんの詞を、まさにフォークソングのあるべき姿として構築し、2人のギタリストの演奏を機軸に、心温まる、深みのある美しさで表現している名曲です♪ 冒頭、ゼロ ファイターが眠るであろう海の音をイメージした <波の音> から始まり、2本のギターとハープが美しく絡んで、そこに普段の <武田鉄矢> さんではないボーカルで、優しく歌われ、その澄んだ声には、この楽曲を初めて耳にする人でも、絶対に癒されることかと思います♪ また、楽曲が進むにつれ、いくつかのパートが加わりますが、この楽曲ではドラムパートは存在しません! あくまで、クラシカルフォークとでも表現すべきでしょうか? アンプラグドな感じが、音楽としては心地よいです♪ ここで <心地よい> と書きましたが、歌詞の中にある悲しみとか景色、歴史の部分に比べて、演奏面で表現されている部分は、美しさは感じますが、暗さは感じないんです! あくまで筆者の思い込みなんでしょうけど、これはもう、聞いていただかないと、絶対に伝わらない部分だと思っていますので! 筆者がこの曲に出会ったのは、高校時代に入手した <海援隊> のベストアルバムのひとつである <航海史> という作品でした! 大事なLPレコードでしたが、家屋が災害を幾度か受け、レコードも被害を受けて、聴けなくなってしまった作品群のひとつでした… あるとき <海援隊 全曲集> なるベスト盤を見つけ、そこに収録されていたので、長い歳月を経て、再び聞くことが出来るようになりました! また <海援隊> の多くの作品は、復刻版としてCD化されているものがあり、大手のレンタル店などにおいては、そうした作品も見つけることが出来るかと思いますので、興味を持たれた読者の人は、まずはレンタルで、そして、本当に気に入ったら、買ってほしいです♪ この一曲のために、筆者はCDを買ったようなものですし(笑) もちろん多くの名曲も聞けて、嬉しいんですが♪ 今日 8/15 には、きっと多くのブログで、終戦にまつわる、あるいは反戦ソングなどの紹介がされることかと思います! 邦楽、洋楽を問わず、名曲がたくさん存在しますし! 筆者が今回 <パラオ ゼロ ファイター> を選んだ理由は、きっと多くのブログで書かれる楽曲ではなく、ひっそりと(ファンの皆様、申し訳ありません…)、だけど、これから先の時代にも語り継がれていってほしい、そういう楽曲だと思い、筆者なりの愛情から選びました! また、このブログでも、夏の海などが似合う作品を色々紹介しましたが、こういう海の景色も感じてほしい! という願いがあり、選びました! ほとんど大多数の読者の皆様が、日本在住でいらっしゃると思いますが、海の無い県にお住まいの人もいらっしゃるかと思います! そうした人にとっての海は、海を目の当たりにしながら暮らす人とは、また違った印象があるかと思います! 今まで感じたことの無い <海のある景色> この楽曲の歌詞より感じていただければ、嬉しく思います! そして、最後に繰り返しになりますが、祖先の時代の過ちであったとはいえ、今後、日本国民として、戦争を起こす立場にだけは、なりたくない! という意識を、終戦記念日だからこそ、今が平和だからこそ、考えていただきたいですし、また、政治のおける関心とか、参政権を行使して、自分の意思をはっきり投票という形で国政に反映する気持ちを失わないでいただきたい! と、皆様に問いかけたいし、呼びかけたいです! 志、半ばにして、犠牲になられた皆様方が、安らかに眠られることを祈りつつ、今回の記事を終えたいと思います リンクに関して 今回紹介するリンクは、記事を書くにあたり、参考にさせてもらったヵ所の一部分となります! 貴重な部分であり、それを運営される方の、大切な思い入れがある場所です 筆者の記事と併せて御覧いただければ、この楽曲における筆者のつたない部分が補完されるかと思います ■ZERO CLUB ※こちらの管理人様が、実際に現地に赴いて撮影された海の景色などがあり、また、ゼロ戦に関する様々なことが書かれていて、歴史としての貴重な意味もありました! ●そちらのページ内にある楽曲関連部分はこちら! クリック ← 直接ページリンクします 本文を閉じる → ▲ |
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| 邦楽 1982年 / コメント (8) ▼コメントのみ読む / トラバ (0) / PAGE TOP△ | |
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--戦争を知らないこども達のこども達--
From てくまく
智 氏も文中でふれておりましたが、読者のほとんどが、
この世代ですよね。 今年は、先の大戦が終わって、61回目の終戦の日・・・ よく言われることなのですが、日本人が平和について考えるのは、一年のうちで3日といわれていますが、自分も確かにそうだと思っております。 しかしながら、それでいいのでしょうか? 人それぞれに意見はあると思いますが、多くの人は、争いごとのない、穏やかな日々が続くことを望んでいると思います。 今悲しいことに、世の中は、誰もが望まない方向へ進んでいるかもしれません・・・ 先の大戦が終結し61年が経ちますが、その間も地球の上では、争いごとが耐えません。 本当に平和な日は来るのでしょうか? 自分はかつて、行った音楽イベントのテーマのひとつに平和という言葉を使ったイベントを行いましたが・・・ そのとき、ふと思ったことを書き記しておきます。 平和活動なんていらない・・・ そんな世の中になるといいな。いや、しないとね・・・ それは、今を生きている、僕たちの仕事と思います。 --こんにちは。--
From はるりん
海援隊って、正直「母に捧げるバラード」や「あんたが大将」くらいしか知りませんでした・・・。
終戦61年、もちろん戦後20年以上経ってから生まれましたから、戦後世代ではありますが父が昭和12年生まれでして、終戦間近の空襲では7,8歳ながらも父のお母さんを背負って裏山の墓地に逃げた話しや、艦載機が町を襲った時、飛行機が通り過ぎて一瞬後に機銃が地面を通っていったなど、色々聞かされました。 私が居住する市には飛行場がありますが、当初の目的は「帝都防空」・・・。この飛行場の部隊が九州へ「特攻」のために飛び立ったという話しも最近知りました。 今朝もTVでやってましたが、ネットで以前拝見した、特攻隊員の家族への遺書など、本当に涙なしではいられませんでした・・・。 --てくまくさん、そうですよね--
From 管理者:智
『平和活動』 なんていらない
平和じゃないから、平和活動が叫ばれ、繰り返されなければならなくて… そして、音楽の世界に関して言えば、主旨が定まることでのコラボレーションという形が、近年も多く見られる訳ですが、かつて原子力関連で、メジャーレーベルからのリリースを許可されなかった某ベテランや勢いのあったアーティスト、また、某 大物ミュージシャンの呼びかけにより、普段は全く交流しないであろうジャンルのアーティストが共演し、それが報道特別番組として放映されたこともありましたよね…? 先日は、某プロデューサーと某アーティストwith〜の形で、音楽番組で異例のノーカットになっていたり! 今回選曲をするにあたり、他にも相当、候補がありました! それらは、直接的表現であり、今回のような 『第三者の回想』 という作風でもなく、あえて 『戦争に関わっていない第三者の俺』 と重ねてみたつもりです! 実際に音を流せないため、主観のみで表現することの難しさを最近痛感してて、この場所にも迷いが生じていますが、せめてこの一日くらい、日本人として、何か考えてくださいね! という問いかけのつもりで書いた記事です! 日記じゃないからこそ、普段は楽曲紹介に特化していますが、今回のような提示は、これからも織り交ぜていけたら、と思ってます! また、この曲に関しては、コメント入らないだろうな…っと思いながら書いたので、コメントがあったことに、有難みを感じております! 誰もが知る曲を紹介することのほうが、反応に跳ね返ってくるのでしょうけど、俺が楽しくなくなるし、気ままじゃない選び方するくらいなら、ここは続けない方がいいし… 迷いだらけですが、俺なりに続けてみます --はるりんさん、そういう時代あったんですよね--
From 管理者:智(とも)
俺の母は、実の父親を戦争で亡くしています…
零戦を作る機関の一員だったそうで… そして、俺の現在暮らすエリアには防空壕がまだ残っています! こういう場所を、ふらっと訪ねてみること、今でもありますが、我がエリアにも、戦没者慰霊碑があり、年に1〜2度は、訪問しています はるりんさんには、他に色々伝えておりますので、ここでは多くを書きませんが、歴史って、考えさせられることが多いと思います 年に数回は、こうした社会的記述を、この場所でもしてみようと思ってます! 楽曲紹介に特化していることで、日記の概念とは異なりますので、普段は絶対に控えている心情などもありますが、こういう心境も表現出来る可能性だけは、残しておきたくて! アクセス解析を一日分調べましたが、コメントを残さないまでも、この楽曲に興味を示して訪問してくださった方がいたことは、とても意義あることだと思いましたし、ただ好きだから♪ では無く、何かを感じてくださいね! の側面を、このblogでは、続けてみようと思ってます! ----
From 葵
こんばんは。
海援隊の曲は母にささげるバラードくらいしか知りませんでした。 この楽曲、聞かせていただきました。 もう終戦記念日は過ぎちゃいましたが、「戦争を起こしてはいけない」「戦争で生まれる悲しみ」などは記念日だからとかではなくしっかりと心に留めていなければならない事だと思います。 私は「身内に戦死者のない家庭はない」というほど戦死者が多い沖縄の出身で、平和の礎にて戦死者の中から身内を探す、というのが小学校の社会見学でした。 祖母からも何度となく戦争体験記を聞かされたのですが、やはり戦争は恐ろしいものです。国と国との争いと言っても、結局は国民が殺し合っているという事ですから・・・。 浪人時代に予備校の日本史の講義で、特攻隊の手紙の話を聞かせてもらいました。 講義中でしたが涙が止まらなかった。 こないだテレビでもやってましたね。 歴史は繰り返す、といいますが・・・戦争で産み出されるものがなんなのか、もう分かっているのですから繰り返さないで欲しい。人間なら。 --葵ちゃん、わざわざありがとう!--
From 管理者:智(とも)
ふとした心配をしてしまいましたが、葵ちゃんがこうしてコメントを書きに来てくれて、しっかり読んでくれてて、そして楽曲を聞いてくれたということを知り、有難く思ってます!
このコメント欄の先頭に <てくまく>氏 も書いておられますが、記念日だから、とか、平和活動を掲げないといけない時代が、早く終焉を迎えて欲しいと思うのは、俺だけではなくて、多くの皆様にとって大事なことだという気がするんだけどね… 俺は九州に暮らしながら、未だに沖縄の地を訪問したこと、無いんだけど、沖縄が抱える歴史や現状のことを、わからないまでも学ぼうと思うし、いつかその地を訪問することがあるならば、単なる観光ではなく、しっかり自分の中に何かを感じ取ってきたいと考えています! 日本における<自衛隊>は軍隊ではないと定義され、それでも装備を保有しなければならず、また、沖縄では<米軍>が駐留し、彼らはもちろん軍人でありますが、軍人としての意識の欠如から、目を覆ってしまいたくなり、そして日本という国をどう捉えているのかを疑ってしまう事例が後を絶たず、それでも共存しなければならない実情というものが、県民にとって、どれだけ苦痛なのかを察すれば、今もなお沖縄と本土などという区分をされてることさえ、同じ日本だと標榜しながら、同じとは思っていない残忍性を感じずにはいられないし、そのくせ観光地としては、行きたい場所という、あまりに考えることを失ってしまっている人間が多すぎることにも、情けなさを感じてしまうし… 俺はあえて、この楽曲を選ぶことで、ひとつの問題提起をしたつもりでした! 一応、建前としての <楽曲紹介ブログ> の形があるからこそ、あえて政治面などを押し出さない形を取っていますが、記事にて触れている <国防> と <戦争> の意味の違いなども考えて欲しかったし、葵ちゃんのような意見が、ひとりでも増えてくれれば… という思いがありました! 記事として重めであったことや、お盆に重なり、時期的に閲覧者が少なかったこと、または楽曲の知名度として、認知が少なかったことも理由でしょうけど、もっとこうした部分に対しての意見が欲しいし、スルーで読んでくれるのもいいけれど、しっかり自分の意見を語ってもらえたらなぁ… って思いは、俺の中にあるんです! 同時に、そういう意見を伝えてもらえるには、俺自身がどう表現したらいいんだろう… という部分を考えないといけないし、でも、単なる楽曲紹介では、終わらせたくないという気持ち、それは奥底にあるんです! 葵ちゃんが、心から寄せてくれたコメントを有難く思うし、そういうコメントを今後も葵ちゃんに書いてもらえるような、そうした記事を、俺もこれから追い求めていきたいと考えています! ----
From riz
はじめまして。
「パラオゼロファイター」で検索して来ました。 歌っているのは、作曲した千葉さんです。 私もベスト盤で聴いたことがありました。 きれいな、感動的な曲ですよね。 それでは。 --<riz>様 心より感謝します!--
From 管理者:智(とも)
長年ずっと、疑問だったのです、そのことが…
記事にも書きましたが、海援隊 = <武田鉄矢>さんなイメージが強く、もちろんフロントアクトとしての、そして名作詞家としての彼の功績を称えたい気持ちはありますが、<千葉>氏と<中牟田>氏の功績を称える記事もあっていいのではないかと思い、そして終戦に際し、実際に戦争を経験していない世代として、他のブログで見られるであろう楽曲よりは、自分がどうしても心に残るこの曲を、書いておきたい気持ちが強かったのです! 本当に貴重な情報をいただき、感謝です! <riz>様がもし、ブログなど開設しておられるようならば、是非とも訪問したいですし、機会があれば、またこちらにも立ち寄っていただければ、ありがたく思います! 今後とも、よろしくお願い致します! |
| 0094 山下久美子 赤道小町ドキッ | |
| 2006.07.29.Sat / 01:11 | |
| 日を追うごとに、夏らしさを感じるようになりました! ということで、このブログも夏楽曲を紹介しているのですが、筆者にとっての 長い歳月、夏には欠かせない楽曲を、今回は記事にしようと思います! 筆者にとってのロック・アーティストの一人になるのは、ベテランの彼女です! 山下久美子 さんで 『 赤道小町ドキッ 』 の紹介です♪ 1982 年発表 化粧品のCMソングとして、彼女の大ヒット曲になりました♪
▼ ← 続き(本文)はこちら♪
山下久美子さん
1980年に 『バスルームから愛を込めて』 にてデビュー! (シングル・アルバム 同名タイトルの同日リリースです!) 1982年に今回紹介する 『赤道小町ドキッ』 がCMソングとして大ヒット!! 彼女のライブパフォーマンスを評して 『総立ちの久美子』 の異名を持つ存在! それ以前にもパワフルな女性ボーカリストはいましたが、彼女のパフォーマンスを社会現象とまで評した人がいたくらいです! その後も次々にロックテイスト溢れる楽曲を発表、1980年代においては、当時のバンドキッズにとっても、衝撃を与えた女性アーティストとして、知られることになりました! (あえてそのあたりの事情に関しては、ここでは略させていただきます) デビューから20年にあたる2000年には、彼女を慕う、そして関わってきた多くのアーティストの参加によるセルフカバーベストになる 『THE HEARTS』 をリリース♪ それからも、大人らしさを感じさせつつ、楽曲に幅を持たせながら、ベテランのキャリアは継続中!! 今回紹介する 『赤道小町ドキッ』 がCMソングとして大ヒットしたことは、何度も記述することになるのですが、そのヒットの背景として、1980年代初頭の 『YMO』(イエロー・マジック・オーケストラ)の大ヒットがあり、ロックを機軸としている彼女の音楽性に、当時最先端のテクノの要素が加わり、その異色とも言えるコラボレーションが、見事に大成功した例としても知られ、その時代に 『YMO』 周辺の人間が関わった音楽を 『テクノ歌謡』 と評する人も多いのですが、この楽曲においては、歌謡ではなく、あくまで 『ロック』 としての印象が強い作風として仕上がっています! そのあたりについて、今回は記述することにします♪ 彼女よりは、やはり作家として関わった人物が、この楽曲を大きく左右したことかと思います! 作詞は 『松本 隆(たかし)』 さんで、作曲が 『細野晴臣(はるおみ)』 さんという、まさにこの当時以降から特に、日本の歌謡曲シーンに多大な影響を与えた組み合わせになるのですが、この両名はかつて、同じグループにて活動していた盟友であり、そのグループの影響を受けた世代が、今も音楽シーンに活躍していることを考えれば、どれだけ偉大だったか、想像出来るかと思います! ※そのグループは 『はっぴいえんど』 です! 詳しいことは、ここでは触れませんが、メンバーはこの皆様です! 細野晴臣 大瀧詠一 松本 隆 鈴木 茂 各々があまりにすごいメンバーですので、検索ですぐに偉大さが伝わることでしょう! そして 『細野晴臣』 さんと言えば、世界的に有名になった 『YMO』(イエロー・マジック・オーケストラ) のリーダーであり、その彼が作曲を手がけ、同じくメンバーであった 『高橋幸宏』 さんがドラマーとして楽曲に参加しました! これだけでも、当時の状況を考えれば、大きな話題になるのですが、さらに話題になった理由がありました! 編曲として、そして自らもギタリストとして参加したのは、やはり 『YMO』 のワールドツアーのギタリストでもあった超ベテランの 『大村憲司』 さんであり、このメンバーによるサウンドは、テクノポップを全面に押し出した作風になることは、それはもう当然の結果になるのですが、ロック・ボーカリストとして知られた 『山下久美子』 さんとのコラボにおいては、ポップでありながら、ただのテクノ歌謡にはならず、しっかり 『テクノ・ロック』 したのです♪ 全体的に 『テクノ』 の要素が強いのに、何故その部分だけで表現されなかったのか…? 元々、演奏に参加したメンバーは 『テクノポップ』 の覇者として知られる一方で 『ロックミュージシャン』 としても知られた強者なのです!! また、この楽曲がロックに成り得た最大の理由は、本来作曲家のみならず、アレンジャー・プロデューサーとして知られる 『細野晴臣』 さんが自らアレンジをすることなく、ギタリストである 『大村憲司』 さんに、完全に任せていたことにこそ、ロックテイスト溢れたテクノになったのだというのは、特に 『YMO』 ファンの間で認知されていることとなります♪ 『YMO』 の大ヒットである 『ライディーン』 を彷彿とさせる、規則正しいリズムが全体のビートを占めるのですが、やはりギターが機軸を占めたことで、ロックのギターの王道とも言える 『リフ』 が、楽曲のイメージを決定付けているのは、ボーカリストである彼女には、慣れ親しんだ 『感覚』 に受け取れたのではないでしょうか? この部分は 『もしもギターが全く無かったら…?』 とい感じで、ギターがあるからこそ、ポップであり、キャッチーな楽曲に仕上がったのだと、筆者のみならずとも、感じた人は多かったでしょうし、だからこそ 『YMO』 ファンにも 『大村憲司』 ファンにも、そして 『山下久美子』 ファンにも、さらには 『ヒット曲』 ファンにも、違和感なく受け入れられたのだと思います! そしてこの楽曲では、あえて 『ロックボーカリスト』 の 『山下久美子』 というよりは 『キュートな山下久美子』 が際立っているように思います! 楽曲において、派手なシャウトなどがあるわけでもなく、比較的軽いタッチで歌いこなした部分は、純粋な彼女のファンは驚いたことかと思うのですが、それがまた、新たな魅力となり、特に1980年代〜1990年代における彼女のボーカルスタイルの中でも、これを踏襲した感じのスタイルを聞くことにつながったと思えますし、貴重な一曲になったことだと推察されます♪ 彼女の代表曲は、ヒット曲が多いことから、この一曲っ!! というのを選び出すことは、難しいと思います… しかし、彼女自身も、この楽曲は自分の中で占める割合が大きいようで、冒頭に少しだけ紹介しましたが、彼女の20周年を記念して製作されたアルバム 『THE HEARTS』 においても、ラストトラックを飾る曲として収録されましたし、多くのファンサイトにおいても、上位に登場する楽曲になっています! この 『THE HEARTS』 は、ため息が出るくらいに豪華なメンバーが参加しているのですが、このアルバムにおいてセルフカバーバージョンとして収録された際に、オリジナルの1982年バージョンにてドラムを担当した 『高橋幸宏』 さんが、楽曲のプロデュースを担当、さらにドラマーとして参加し、ギタリストには、数々のヒット曲で知られる 『高野 寛(ひろし)』 さんが参加、キーボーディストには 『ボ・ガンボス』 での活躍以降、ソロとしても数々の作品にその実力を発揮している 『KYON』 さんを迎え、まさに最新進化を遂げたバージョンとして、再び素晴らしいテイクとして甦っているのです! ここで 『THE HEARTS』 における彼女のコメントがありますが 『目の前で彼(高橋幸宏)が緻密にドラムを叩く姿を見て感動を隠せなかった』 という、彼のファンにとっても嬉しい言葉が残されていて、オリジナルテイクに匹敵する、見事なサウンドを堪能することが出来ます♪ さらにこぼれ話なのですが、そのバージョンでギタリストとして参加している 『高野 寛(ひろし)』 さんですが、彼のソロ楽曲も、CMソングなどでヒットしているので、知る人は多いと思いますが、彼がデビューするきっかけになったオーディションを主催していた人物こそ 『高橋幸宏』 さんであり、また、何故彼がギタリストとして参加しているのか、この部分には、彼じゃなければならない理由が隠れていることかと思います! 『高野 寛』 さんがデビューする際、ソロ歌手としてより先に、ギタリストとして先にステージ経験をしているのですが、その際、ツインギタリストとして、サポートを果たしたベテランギタリストこそ、オリジナルテイクにてギターを担当した 『大村憲司』 さんであり、『高野 寛』 さんは、あまりにも偉大なギタリストを目の当たりにして、 『ギタリストになりたいと思ってたんですけど、憲司さんの演奏を観て、これは無理だと思いました』 と、後に語っています! そういう 『高野 寛』 さんですが、彼のギタリストとしての才能は高く評価をされていて、事実 『坂本龍一』 さんのアルバムなどでも、抜群のプレイが残されていますが、その彼を以ってして、絶対に叶わないと言わしめた 『大村憲司』 さんのギターが、それだけ凄いのか! 文字にしているだけでも、この記事を読む読者の皆様に伝わればいいな♪ と思うのですが… では何故、その 『大村憲司』 さんが、オリジナルメンバーとして、そのセルフカバーバージョンに参加していないのか? 1998年11月、49歳の若さで 『大村憲司』 さんは、この世を去りました… 彼の死によって 『大貫妙子』 さんなどは、予定していたコンサートツアーを一度白紙にした上で延期したいきさつなどもあるのです… こうした事情があり 『大村憲司』 さん本人は、このセルフカバーに参加出来なかったのですが、ミュージシャンとして大きく成長した、そして 『大村憲司』 さんを敬愛し、さらに 『高橋幸宏』 さんにデビューのきっかけまで与えてもらった 『高野 寛』 さんが、代役というわけではなく、新たな2000年バージョンにおいて、意思を継承するかのような形で、ギタリストとして参加をしたのだと思えてなりません! 1982年の楽曲が、こうして2000年に、正当進化をし、再びリスナーの元に届けられたことは、当時のバージョンを知る筆者には、嬉しいことでしたし、ボーカリスト・アーティストとして、格段に円熟味を増した彼女の 『現在進行形』 を聞けたことにも、大きな意味がありました! この記事を読み、懐かしいなぁ〜♪ と思えた人も、あるいは、これから興味を持って聞いてみようかな〜♪ という読者さまにも、自信をもって、両方のバージョンをおすすめ出来ますので、機会がありましたら、夏の一曲として、耳にしてもらえれば嬉しいです♪ 今回のリンク先 赤道小町ドキッ うたまっぷ ( 歌詞紹介部分 ) 追伸 ブログ 『葵のこと』 葵さん 今までお疲れ様でした!! 葵さんが決意を持ってブログを終了させることは、淋しい気持ちもあります… ですが、これからも訪問してもらえれば嬉しいし、また新たにスタートすることがあれば、その時は伝えてくださいね! 葵さんを応援した皆様方にとっては 『小町』 のような存在だったのかなって♪ そういうことを思い、この楽曲を書くことを決めました♪ これからも葵さんに会えることを期待しつつ、受け取ってほしい曲です! 葵さんが自分らしくいてほしいから、記事の投稿の時間は、指定してみましたよ♪ 本文を閉じる → ▲ |
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| 邦楽 1982年 / コメント (14) ▼コメントのみ読む / トラバ (0) / PAGE TOP△ | |
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--(*´∀`*)ノ グッモーニン♪--
From おかん
これまた懐かしいですね〜☆彡
これも流行ましたもんね。 総立ち。。。。。でしたよねぇ〜♪ 布袋さんと結婚したのには、びっくりしました。当時。。。。。。 ほんま懐かしいです。 こんなコメントしかできなくて.。。。。m(;ω;m)三(m;ω;)mゴメンネ --おかんさん、こんにちは(^^♪--
From 管理者:智(とも)
懐かしいでしょぉぉ!! 我々の年代には(笑) そして、ここのブログでは、世間一般で言われる夏ソングとか冬ソング、そして、 アーティストは、他の楽曲紹介ブログよりは、少なくなると思います(^_^;) 他所で読めるであろう楽曲を、素直に紹介しないのが、この場所の特徴です(笑) そうですよねぇ、あの話題は、音楽界の話題というよりは、芸能として当時大きく 扱われていましたしね! それ以降の音楽性が、確実に変化したことも、懐かしい話ですよね! ただ、公式サイトにおいても、その時代のことを触れていないようなので、あえて 今回は、あいまいな表現にしましたし、俺も記事にしませんでした!< |



